熱と・・・
中学のころ、青峰のバスケ姿に憧れ、バスケ部に入った。
彼に勝ちたくて、越えたくて、がむしゃらにバスケに打ち込んだ。
彼は天才で、模倣の技を持つ俺でも真似できなかった。
それが、憧れから恋愛へと変わっていったのはいつだったのか。
「黄瀬・・・好きだぜ・・」
少しづつ、青峰を意識するようになっても2人の関係は変わらなかったけど、
青峰の突然の告白から、それは一変した。
仲間から恋人へと変わった瞬間だった。
だけど、何が変わったかというと見た目は変わらなかった。
一緒にいる時間、体を重ねる時間、唇に触れる時間が増え、長くなっただけ。
「青峰っち・・・俺も好きっスよ」
会うたびに体を重ね、その温もりと熱さに触れる。
好きだから、そうしたいという衝動。
いつしか、それも当たり前のようになっていった。
桜が芽を出し、満開になるころ、俺たちは中学を卒業し、それぞれの高校へと進む。
それは互いに歩む道を違えたということ。
そして、遠距離恋愛の始まりでもあった。
でも、俺は卒業式の日。
青峰に別れを告げた。
彼からすれば、別れる理由など思い当たらない。
それはそうだ。
俺が一方的に別れを切り出したのだから。
好きな人が出来たわけでもない。
青峰が嫌いになったわけでもない。
遠距離になるから。というわけでもない。
理由などない別れ。
ただ、漠然と青峰の熱さに耐えられなくなった。
「ごめん、青峰っち・・・」
素直にそう正直に自分の気持ちを青峰に告げた。
彼は怒るわけでもなかった。
ただ、静かに俺を見つめていた。
「わかった」
と、つぶやいた。
彼の背中を見つめながら、涙が溢れて止まらなかった。
まだ、好きなのに。
青峰っちのことが好きで仕方がないのに。
どうして、別れなければならないのだろう。
この身に彼の温もり、熱さがまだ帯びているというのに・・・。
そんな忘れられない想いを胸に抱きながら、俺は海常高校に進学した。
バスケは続けていく。
いつか、青峰の進学した桐皇学園と試合する日がくるだろう。
辛いと分かっていても、バスケだけは手放すことはできなかった。
唯一、青峰とのつながりだったから。
「黄瀬、何か食って帰るか?」
部活が終わると、笠松センパイは何かと俺を誘ってくる。
嫌な気はしない。
頼れる先輩であり、バスケの楽しさを教えてくれた人でもあった。
初めて同じ中学出身で友達の黒子テツヤの通う誠凛高校との練習試合で負けた。
悔しさが込み上げ、涙を流した。
そんな俺を笠松先輩は励ましてくれた。
それがきっかけで、バスケに対する取り組み方が変わったのは事実だった。
「いいっスね、俺もう腹が減って死にそう・・・」
「よし、決まりだな。じゃ、行こうぜ」
そういって、笠松センパイと俺は歩きだした。
そんな日常が何日か続いたある日。
片付けを終えた俺は軽くシャワーを浴びていた。
「誰か残っているのか?」
笠松センパイの声がシャワー室に響く。
「センパイ、もうそんな時間っスか?」
シャワーを浴びながら、声をかける。
「片付け一人でやらせてすまなかったな、黄瀬」
笠松センパイは片付けの途中で顧問に呼ばれてしまったので、
片付け当番だった俺は一人で片付けることになったのだ。
「いや、全然平気っスよ、もう上がるんで・・・」
笠松センパイはわかった。と一言いって、その場を出て行ったらしい。
シャワーを浴び、さっぱりした俺はロッカー室に戻る。
ロッカー室には笠松センパイが待っていた。
鍵を閉めるために笠松センパイは最後まで残っている。
俺が帰るまで残る羽目になっているということなのだが。
「すみません、センパイ・・・」
俺は制服に着替えながら、謝った。
「黄瀬」
笠松センパイが静かにそう呼んだ。
「何んスか?」
互いの視線が合う。
真剣な表情のセンパイが目の前にいる。
妙な緊張感が漂っている気がして、俺は無意識に生唾を飲み込んだ。
「・・・黄瀬・・・俺はお前が好きだ・・・」
突然のセンパイからの告白で俺は一瞬、頭が真っ白になった。
何か言わないといけないのに、声がでない。
ただ、センパイの顔がまともに見られなかった。
ふと、視線を落とし、何もいわず立ち尽くしていた。
「返事はいつでもいい。悪いな、急にこんなこと言って・・・」
「あ、センパイ・・・俺、笠松センパイのこと嫌いじゃないっス・・・でも・・・」
わからなかった。
好きか嫌いかと問われれば、間違いなく好きだった。
しかし、それが恋愛としてなのか、わからなかった。
それに・・・俺の心の中には青峰の熱さがまだくすぶっていたままだった。
気まずいまま、その日はそのまま帰っていった。
次の日もその次の日も、それぞれ、気まずさは残ったままだったが、
普通にいつも通り接していた。
ただ、まだ返事は出来なかった。
そんな時間だけが過ぎていく中、携帯が鳴った。
青峰からだった。
滅多に電話などしない男からの、高校に入ってから初めてだろう着信。
俺の心は微かに躍っていた。
「もしもし」
『黄瀬か、久しぶりだな、これから会わねーか? 嫌ならいいけどよ』
元カレからの電話。本来なら会う必要もない。
でも、青峰の声を聞いた瞬間、俺の心はあの時に引き戻されていた。
「いいっスよ」
そう、答えていた。
青峰が指定したのは中学の頃に2人でよくいった公園。
その場所に着いたころには夕闇が迫っていた。
公園のベンチで寝そべっている青峰を見つけ、声をかけた。
ムクッと起き出した青峰はよう。と返した。
「まさか、会ってくれるとは思わなかったぜ、黄瀬」
自分でも分からない。
どうしたいのか、感情と理性がごちゃごちゃしてるようで、
何がしたいのか、わからなかった。
青峰はベンチに座りながら、言葉をつづけた。
「てっきり、あのセンパイとデキテルと思ったけどな・・・」
突然、笠松センパイの名が出てきたその青峰の言葉に俺はムッとした。
「センパイは関係ない!!」
その反応にふ〜ん。とつぶやき、席を立つと耳元で静かに青峰はささやいた。
「なら、俺とよりを戻そうぜ。俺はまだお前を忘れられない・・・」
ー忘れられないー
その言葉に体の心から震えた。
俺も、忘れられない。
青峰の言葉ひとつひとつ、体に刻まれた印があの時のまま残っている。
「青峰っち・・・」
そうつぶやくのが早いか、青峰は今までの空白の分を取り戻すかのように口付けをした。
あのころのまま変わらない、激しくも優しいくちづけだった。
「黄瀬、好きだ。あれからずっと俺はお前を忘れられずにいた・・・」
あの頃と同じ声、同じ温もり、同じ熱さが変わらずに存在していた。
「青峰っち・・・」
青峰に体を預けたまま、静かに俺はつぶやく。
そして、スーと両目から涙が流れた。
「・・・ごめん・・・」
そう、一言いってから青峰の体を引き離した。
「黄瀬・・・」
「本当にごめん・・・」
改めて思った。青峰の熱さに耐えられないのだと。
惹かれていく反面、まじわることがないのだと。
呆然と立ち尽くす青峰に背中を向けてその場から立ち去った。
「黄瀬・・・」
青峰はその愛しい人の背中を見つめながら、涙を流した。
翌日、笠松センパイに自分の今の気持ちを正直に話した。
センパイと一緒にいて楽しいことも、センパイを好きってことも。
ただ、今はまだこうして、先輩後輩として過ごしたいということも。
「そうか、わかった。無理いって悪かったな、黄瀬」
笠松センパイはそういって、笑みをこぼした。
いつか、センパイを好きになる日がくるのだろうか。
ただ、今はこの楽しい時間を過ごそう。
センパイと一緒に。
おわり